金剛寺は青梅山無量壽院(おうめさんむりょうじゅいん)と号します。
本尊は智證大師筆と伝える白不動明王画像です。
その開創の由緒は伝えるところによれば王朝の昔承平年中(西暦931年頃)、平将門(たいらのまさかど)がこの地に仏縁を結び、
一枝の梅を地にさし祈願するところ仏閣を建立したのに始まると言われています。また、将門護持の阿弥陀如来を安置して
無量壽院と号しました。
かの将門が地にさした一枝の梅は後、枝も幹も栄え、実を結んでは熟することなく、秋を経てもなお青いままなので、
いつしか「将門誓いの青梅」といわれ、この土地の名も「あおうめ」と呼び、寺は青梅山と称することとなりました。
天保12年に火災に遭い、表門、鐘楼を残すのみ、他は悉く灰燼に帰してしまいました。その後約200年にわたり
伽藍整備に努め、今になお多摩の古刹として広く世に知られています。
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本堂右に「あお梅」(東京都指定天然記念物)、
左手前に梅岩寺と兄弟にあたる見事な
しだれ桜があります。
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仏足跡(お釈迦様の足跡)。
インドより渡来したもので、奈良県壺阪寺住職・常盤勝憲師より寄贈されたものです。
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